役員報酬の設定や変更は、多くの企業において重要なポイントとなっています。
役員報酬は企業の経営方針や業績を反映するとともに、役員のモチベーションやリーダーシップを促進する役割も果たします。一方で、役員報酬の設定や変更には税務上の複雑なルールが存在するため、誤った時期や方法での変更にはリスクがあることに注意しなければいけません。
特に役員報酬の変更時期は、方法や損金算入のルールなどのきちんとした理解が必要不可欠です。
本記事では、役員報酬に関する基本的な概念からはじめ、税務上の適切な変更時期や損金算入の詳細、具体的な変更方法などを解説します。
目次
役員報酬とは?
役員報酬とは、取締役などの会社の役員に対して支払われる報酬を指します。役員は経営判断を下す責任を負う立場であるため、企業の経営方針や戦略、実績などを反映する形で定められるのが通常です。
役員報酬の制定は、業績の向上・経営目標の達成・役員のモチベーションの向上など、多くの目的を持っています。役員報酬は、基本報酬や成果報酬、退職金などさまざまな形で支払われるものであるため、総称として捉えておきましょう。
役員報酬の金額や内容は、それぞれの企業の業績や経営状況、業界の標準などに応じて決定されます。いったん決定した当期の報酬は、原則としてその期間が終わらなければ変更できないルールになっています。
役員報酬と給与の違い
役員報酬と給与の間には、いくつかの大きな違いが存在します。給与は一般的に従業員が日々の業務の遂行に対する対価として受け取る報酬を指し、役員報酬は組織の指導的・管理的地位にあるものがその経営活動に対して受け取るものです。
給与は、労働契約や雇用契約に基づいて支給されるのが一般的です。これに対して役員報酬は、組織の内部規定や株主総会の議決に基づいて支給されるものとなります。
給与所得に対する税金の計算方法や損金算入の条件、支給のタイミングなど、税務上の取り扱いにも多くの違いが見られます。たとえば給与は法定社会保険の対象となる場合がほとんどですが、役員報酬は対象外となる場合がしばしばあり得ます。
役員報酬の種類
役員報酬の支給形態は多岐にわたり、種類や内容は各企業の経営方針や業績、業界の標準などに応じて変化します。ざっくりいうと「基本報酬」「成果報酬」「退職金」「退職慰労金」の4種類があります。
基本報酬とは定期的に支払われる報酬のことです。役員の責務に応じて定められ、会社の運営に必要な業務を担当する役員であればあるほど、より高い基本報酬が支払われます。
成果報酬とは目標の達成や業績の向上といった結果に応じて支払われるもので、役員の能力や貢献度が反映されています。たとえば新たな製品の開発に成功した場合や、売上が前年比で大きく増加した場合などが挙げられるでしょう。
退職金は役員が退職する際に支払われるもので、勤続年数や退職理由に応じて金額が決まるものです。退職する役員が長期にわたって会社に貢献していた場合には、より高い退職金が支払われます。
退職慰労金は、役員が退職する際に、これまでの貢献に対する感謝の気持ちを表すものとして支払われる報酬です。退職金とは別個に扱われます。
役員報酬の変更時期について
役員報酬の変更時期は、企業にとって重要な経営判断の一つとなります。役員報酬の適切な変更時期を選択することは、企業経営の透明性や公平性を維持し、ステークホルダーとの信頼関係を保持するうえで必要不可欠です。
具体的には、変更は事業年度終了後の株主総会などで決議されるのが一般的です。そうではない時期に変更を行うと、法的な制約や会計上の取り扱いに影響を及ぼすこともあります。
したがって変更を検討する際は、関連する法律や税制の知識を持つ専門家の意見を求めることが推奨されます。サン共同税理士法人なら、多角的な視点からアドバイスすることが可能です。専門的な意見を聞いてみたいという方は、まずは気軽にお問い合わせください。
役員報酬の変更は事業年度開始から3ヶ月以内がおすすめ
役員報酬を変更するのであれば、事業年度が始まってから3ヶ月以内に済ませるのがおすすめです。通常は、事業年度の終わりから3ヶ月以内に開催される定時株主総会において変更の決議がなされます。
3ヶ月以内がおすすめである理由は、この期間内の変更であれば原則として、役員報酬の全額を損金として算入できるからです。
ただし損金にできる役員報酬は、定期同額給与等の一定の報酬に限定されることに注意してください。定期同額給与とは、月に一度同額を支給される給与のことです。1年間は原則として変更できませんが、翌年度になったり一定の例外が発生したりした場合には変更可能となります。
しかしこの話はあくまでも、損金として計上できるから3ヶ月以内がおすすめであるということであり、変更は3ヶ月以内でなければならないわけではありません。この点を誤解しないようにしておきましょう。
事業年度開始から3ヶ月を超えて役員報酬を変更した場合
事業年度開始から3ヶ月を過ぎても、役員報酬の変更は認められています。しかしこの場合は、前項で解説した損金算入が不可能となることに注意が必要です。
3ヶ月を過ぎて役員報酬を「増額」した場合、以前の報酬額が定期同額給与の基準になります。増額分に関しての損金算入は認められず、法人税が課税されることになるのです。
一方で3ヶ月を過ぎて役員報酬を「減額」した場合には、減額したあと報酬額が定期同額給与の基準になります。このため減額する場合には、減額前と減額後の差分を損金として算入できません。いずれの場合も、損金算入を用いて節税できないルール設計です。
事業年度開始から4ヶ月以降でも損金として算入できるケース
事業年度開始から4ヶ月以上経過しても、役員報酬を変更し、損金として認められる特例的なケースが存在します。具体的には以下の3つのケースです。
- 新たに役員が増えたとき
- 役員が昇格または降格するとき
- 会社の業績が悪化したとき
順番に見ていきましょう。
新たに役員が増えたとき
会社の成長や事業の拡大、組織再編などの理由で新たに役員が増える場合があります。このような場合、新役員に対する報酬は、事業年度開始から4ヶ月を過ぎていても損金として計上できる場合があります。
新規に役員が就任することについては、事前の予算や計画が存在しないため、通常の変更とは異なる扱いが認められるからです。
ただし新たな役員の報酬額や決定の過程、支払い条件などは、税務署や関連するステークホルダーに対して透明かつ公平でなければいけません。
役員が昇格または降格するとき
事業年度の途中で役員が昇格または降格し、結果として役員報酬に変化があった場合にも、その差額を損金として計上できる場合があります。
役員の昇格や降格は、その役員の職務の内容や責任範囲が変わることを意味します。昇格した場合、役員はより大きな責任を負うことになるため、報酬の増額が考慮されるのが一般的です。一方で降格した場合には、役職の責任や権限が縮小することから、報酬の減額が考慮される場合があります。
事業年度開始から4ヶ月を過ぎたあとでも、役員の昇格や高額にともなう報酬の変更は、その背景や理由などを明確に説明することで、損金として計上できる場合があります。
しかし、この際も変更の過程や決定要因を明確にし、税務上のガイドラインに沿った手続きが必要です。
会社の業績が悪化したとき
会社の業績が悪化したときには、経費削減の一環として役員報酬の減額が認められます。経済的な困難が続く場合や、業績の回復が難しいと見込まれる場合に、経営の責任を取る形で報酬のカットを実施することは、ステークホルダーへのメッセージとしても重要です。
事業年度開始から4ヶ月以降でも、業績悪化が明らかでそれにともなう報酬の変更が必要と判断される場合、税務上その変更を損金として計上できることが許容されると考えられます。
役員報酬を変更する6つのステップ
役員報酬を変更するステップは、以下の6つに分けられます。
- 役員報酬変更後の金額を決める
- 株主総会の開催に向けた招集通知の準備と発送をする
- 株主総会において決議を取る
- 株主総会議事録を作成する
- 役員報酬を変更する
- 必要な届出の提出をする
順を追って解説します。
役員報酬変更後の金額を決める
役員報酬の変更を実施するにあたってまず行うべきことは、新たな報酬額を確定させることです。このとき、役員の職務の重要性・役員が果たすべき役割・業績や業界動向など、多岐にわたる要因を考慮しながら金額を決定する必要があります。
さらに外部の報酬コンサルタントの意見や、他社の役員報酬との比較、国内外の市場動向なども参考にすることが推奨されます。
株主総会の開催に向けた招集通知の準備と発送をする
役員報酬の変更は多くの場合、株主総会の承認を必要とします。株主総会を開催する前に招集通知を準備し、株主へ発送することが次のステップです。
招集通知には、開催日時や場所はもちろん、役員報酬の変更に関する詳細な情報を明確に記載する必要があります。株主が十分に情報を理解し、総会に参加するための事前の知識を得られるよう、内容を丁寧に説明することが必要です。
招集通知は、通常株主総会の2週間前までに発送する必要があります。ただし株主全員が同意する場合に限り、通知の発送を省略することが可能です。
株主総会において決議を取る
株主総会は企業の重要な経営方針や方向性を示す場であり、役員報酬の変更についても株主の同意を得ることが不可欠です。この段階では、役員報酬の変更を提案する理由や背景、適切性について十分な説明が必要となります。
株主からは変更の妥当性や企業の将来への影響についての質問がなされることが予想されるため、明確な回答をシミュレーションしておく必要があるでしょう。十分な情報提供と説明の結果、株主からの賛成多数によって、役員報酬の変更が正式に承認されることとなります。
株主総会議事録を作成する
株主総会が終了したら、内容を正確に記録するために議事録を作成することが求められます。株主総会議事録は、総会の正確な進行や発言・質問と回答・最終的な決議内容を詳細に記載するもので、後日の確認や参照のためにも重要な文書となります。
役員報酬の変更に関する決議内容や、質問や意見があった場合、内容は正確かつ詳細に記載しなければいけません。
役員報酬を変更する
株主総会で決議され、株主総会議事録の作成が終わったら、変更した役員報酬に基づいて支払いを行っていきます。
報酬を変更するにあたっては、会計部門や人事部門が連携を取り合う必要があります。新たな報酬額や支払い条件を具体化し、会計処理の内容にきちんと取り込まなければいけません。
役員報酬の変更理由や詳細を、社内の関係者にしっかり伝えることも大切です。これにより企業と役員の間の信頼関係が維持され、無用な誤解や混乱を避けることにつながります。
必要な届出の提出をする
役員報酬の変更を実施したあとは、適切な法的手続きを遵守するための届出を済ませてしまいましょう。
たとえば、社会保険料の等級が2等級以上変わる場合には、年金事務所に対して「被保険者報酬月額変更届」を提出しなければいけません。これは金額にすると月額40,000~60,000円の増減を指します。
あるいは役員賞与を設定している場合には、会社の住所地を管轄する税務署に対して「事前確定届出給与に関する届出」を提出する必要があります。
事前確定届出給与に関する届出の提出期限は株主総会から1か月以内と定められているため、注意が必要です。提出を忘れてしまうと、役員賞与が損金として認められなくなります。
役員報酬の金額の決め方
役員報酬の金額の決め方としては、主に以下の3つが挙げられます。
- 利益予測と資金繰りを基準に考える
- 従業員および役員が納得できる金額にする
- 税金や社会保険料を基準に決める
少し専門的な話になるので、以下の解説を読んできちんと把握しておきましょう。
利益予測と資金繰りを基準に考える
企業の経済的健全性を維持するためには、利益予測と資金繰りの正確な把握が欠かせません。利益予測と資金繰りを基準に役員報酬を決定することで、企業の持続可能な成長につながります。
具体的には、予測される利益に基づいて役員報酬の上限を設定し、一定の業績目標を達成した際のボーナスやインセンティブを考慮することなどが考えられます。資金繰りを基準にする場合、現在の経営状況を考慮し、短期的な支出や投資のニーズに対応できるような報酬設定を行うことが重要です。
また借入金がある場合には、役員報酬を差し引いても返済のためのお金が残るよう設定する必要があるでしょう。このようなアプローチには、経営の安定性を高め、企業のリスクを低減する効果があります。
従業員および役員が納得できる金額にする
役員報酬を設定する際には、経営上の考慮事項だけでなく、従業員たちの納得感も重要な要素となります。納得を得られない報酬設定は、組織内のモチベーション低下や社内の不均衡を引き起こす可能性があるからです。
役員報酬が適切であるかどうかを判断するには、同業他社との比較や、役員の職責や貢献度、経験などの要因を考慮する必要があります。
また、従業員の給与とのバランスも考慮すべきポイントです。役員報酬が過度に高いと感じられる場合、従業員の士気やモチベーションが低下する恐れがあります。反対に役員が必要以上に自らの報酬を削減すると、経営の質が低下するリスクがあるので注意が必要です。
組織全体が納得できる報酬設定を目指すことが、長期的な企業の成長や従業員の満足度向上につながります。
税金や社会保険料を基準に決める
役員報酬の設定において、税金や社会保険料の影響も無視できません。役員報酬の水準が高まると、それにともない税金の負担も増加するからです。役員報酬の金額は、社会保険料の計算基準や負担額にも影響を与えます。
したがって役員報酬を決定する際には、社会保険制度のルールを十分に理解し、コストを考慮したうえで、最適な金額や構成を検討することが重要です。
具体的には、税金の最適化を図るための報酬形態や支払いのタイミングの工夫、社会保険料の計算基準に合わせた報酬の調整などが考えられます。
役員報酬を変更する際の注意点
役員報酬を変更する際には、いくつかの注意すべき点があります。ここでは役員報酬を増額する場合と減額する場合に分けて、それぞれの注意点を解説します。
役員報酬を増額する場合
役員報酬を増額する場合、事業年度が始まって3ヶ月を過ぎているのであれば、基本的に損金への算入ができなくなるので注意が必要です。
しかしこれはあくまでも損金算入が可能であるかないかの話であり、「役員報酬の増額は事業年度開始から3ヶ月以内に行わなければならない」というわけではありません。損金に算入するつもりがないのであれば、どのタイミングでも役員報酬の増額は可能です。
一方でタイミングに関係なく、関係者への配慮は重要となります。増額の透明性を確保することは、企業としての信頼性を維持するうえで欠かせません。具体的な増額の算定方法やその背後にある理由を明示し、すべてのステークホルダーに対して公平で公正な情報提供を心がけるべきでしょう。
また役員報酬の増額は、短期的な業績の波に左右されることなく、企業の長期的なビジョンや戦略に基づいて設定されるべきです。短期的な利益に基づく報酬の増額は、企業の持続的な成長を阻害する恐れがあります。
総じて、役員報酬の増額を考慮する際には、多岐にわたる要因を総合的に評価し、バランスの取れた判断を下すことが大切です。
役員報酬を減額する場合
役員報酬を減額する場合、事業年度開始日から3ヶ月を過ぎていても、例外的に損金への算入が認められることがあります。たとえば業績の悪化にともない減額せざるを得なかったときなどが、これに該当します。
ポイントとなるのは、経営状況の悪化により第三者である利害関係者に悪影響を与える可能性があることです。「社外に迷惑をかけないため」という大義名分がある場合に、元の報酬額と減額後の報酬額の差分が損金として算入できるようになります。
また、急激な減額は役員のモチベーション低下を招く可能性があるため、段階的な減額や、業績回復に応じた報酬の復元を前提とするなど、フェアなアプローチを考えるべきです。減額の幅や方法についても慎重な検討が必要でしょう。
役員報酬の変更についてお悩みの方はサン共同税理士法人へ
役員報酬の変更は、企業の経営方針や業績、さらには税制や法規制の影響を受けるため、非常に複雑な問題として捉えられます。正確で適切な判断を下すには、専門的な知識や経験が不可欠です。
しかし会社を経営しているからといって、すべての人が税制や法規制に精通しているわけではありません。会社経営と法律は異なる分野であり、一人の人間が両方の専門家として適切な判断を下すのは、現実的に難しい場合も多いでしょう。
役員報酬の変更についてお悩みの方は、ぜひ弊社・サン共同税理士法人までお問い合わせください。
サン共同税理士法人は、多岐にわたる業界やビジネスモデルに関する深い理解を持ち、各企業の独自の状況やニーズに合わせたアドバイスを提供しています。経験豊富な税理士たちが、最新の税制改正や法律の変更情報をもとに、役員報酬の最適な設定や変更方法をご提案します。
初回相談は無料となっておりますので、ぜひお気軽にご利用ください。
役員報酬の変更時期に関するよくある質問
- 役員報酬に変更期限はありますか?
- 役員報酬の変更には、固定された期限というものは存在しません。しかし税務的な観点や会社法に基づく手続きの観点から、通常は事業年度の開始日から3ヶ月以内に変更することが推奨されます。
- 役員報酬を変更する際に注意すべき点は何ですか?
- まず役員報酬の変更は時期によっては損金算入ができません。事業年度開始日から4ヶ月を過ぎてしまうと、税金の負担が増える恐れがあります。
また役員報酬の増加や減少に関する理由を株主や投資家に対して適切に説明し、企業経営の透明性を保つことも大切です。
役員報酬と変更時期についてのまとめ
役員報酬は企業の経営者や役員に支払われる対価であり、その内容や金額は企業の業績や業界標準、そして役員の経験や役職に応じて変わるものです。
役員報酬と一般的な給与は、受け取る主体やその目的、計算方法などにおいていくつかの違いがあります。役員報酬は企業の経営戦略やビジョンと密接に関連しているため、適切な金額を設定することは企業経営における重要な課題の一つといえるでしょう。
役員報酬を変更する際には、損金算入のためタイミングに注意する必要があります。変更の際には定められた手続きをきちんと踏まえなければならず、その過程における透明性のある動きが欠かせません。
本記事を参考にして、役員報酬の変更をスムーズに行える状態をつくっておきましょう。
2008年5月よりデロイト トーマツ税理士法人GES部門に勤務し、海外拠点を多く持つ日本・海外企業に対する国際人事異動に関するアドバイザリー業務などに従事。
2011年11月、ビジネスタックスサービス部門に異動し、約9年間勤務。マネジャーとして国内上場企業や外資系企業の税務コンサルティング業務及び税務コンプライアンス業務、税務顧問及び業務効率化提案などを行ってきた。
2020年12月、約12年間マネジャーとして勤務したデロイト トーマツ税理士法人を退職。
2021年1月にサン共同税理士法人に参画し、同月、横浜オフィス所長に就任。